黄色、ジェットコースター、サウナ。

まるでジェットコースターみたいな人生だね、なんて例えて言うけれど、ジェットコースターには分かりやすいルートがある。頂点まで上り詰めたあとはもう落ちるしか無いって予測がつく。
信号機の黄色の点灯はもうすぐ赤に変わる合図を示しているけれど、本当に恐ろしいことはいつだってわかりやすい合図なんかなくって、気がついた時にはもう取り返しのつかないことになっている。

小子叔母さんの話をしよう。これはふうから聞いた話だ。

ふうは小子叔母さんの妹、よりこの子供で、ふうは私の高校の時の友達。

つまり、会ったこともない人の話である。

その日も小子叔母さんはいつもと何ら変わりのない様子で台所で晩御飯の支度をしていた。

叔父さんは居間で夕刊を読みながらビールを飲んでいた。朝、一緒に積んだ山菜の天ぷらを揚げているぱちぱちと油がはねる音、小子叔母さんの鼻歌、本当になんら変わらないいつもの夕方だった。

でも、この日を境に叔母さんは寝たきりになる。

小子叔母さんが熱した天ぷら油を頭から被ったのだ。

ちゃぶ台をひっくり返したようなものすごい物音がして、叔父さんが台所に駆けつけた時には、仰向けに寝転がっている小子叔母さんの頭頂部から上半身にかけて、とにかく肌が見えているところは全て皮膚が真っ赤に爛れてずる剥けて、剥き出しになった二つの眼球が天井を見ていた。

叔母さんは救急車に運ばれて緊急救命室でオペを受けた。全身の80%以上の皮膚が焼け爛れてしまった叔母さんの命はもって1週間だろうと医者に告げられた。

だけどそれから1週間後、叔母さんは意識を取り戻した。

病室のベッドの上で全身包帯に包まれた叔母さんは小さく(しか開かない)口を動かして、叔父さんに言った。

「胡瓜がたべたい」

叔父さんは神様に感謝した。小子叔母さんが生き返ったのだ。急いで病院の近くのスーパーできゅうりを買って戻った叔父さんに、叔母さんは残念そうな顔を向けた。

「胡瓜じゃなくて、キウイ!」

<鼻歌>

てんてんてんぷら油が跳ねる♪

跳ねると危ない目を閉じる♪

閉じると見えない怖いが見えない♪
てんてんてんてんてんてんてん♪

怖いときにはいつだって目をつ〜むる♪

怖いには種類がある。

私が何よりも怖いと思ったのは、ふうの家に遊びに行った時、ふうの母よりこがこの歌を鼻歌まじりに歌っていたことだ。

台所から聞こえてくるよりこの鼻歌を聞きながら、ちらっとふうの顔を見たが、何も気にしていないようだった。

「ふう、前に叔母さんの話前してくれたやんか」

「おばさんって小子叔母ちゃん?」

「そう、天ぷら油被ったっていう」

「うん、それがどうかしたん?」

「えー、いや、鼻歌よ、不謹慎とちゃうん」

「鼻歌?」

「てんてん天ぷらーって、今、歌ってるやん」

私が台所の方を指差すと

「ああ、子守唄な」

とふうは言う。

「子守唄?」

「これはもう、小子叔母ちゃんが油被って寝たきりになる前から代々歌われてきた歌や」

「えー、ほんなら、小子おばさんも、よりこも、この子守唄聞いて育って、ふうもこの歌聞いて育って、代々歌われてきたってこと?」

「そうや。この歌しらんの?」

「しらんよ、多分ふうの家でしか歌われてへんって」

「そんなばかな」

鼻歌一つにしても家族という最小単位の部族の底知れなさを思い知るのだが、その因果の果てに小子叔母さんが何の前触れもなく狂ったという天ぷら油の一件があった、と結びつけてしまうのは安直なのだろうか。

「そういえばな、最近叔父さんサウナにハマってるねんて」

「え、それなんの脈略?」

「いや、不謹慎ゆうからさ、それはどうなんやろって」

私は少し考えてみた。叔母さんの皮膚が熱し焼かれたということを想起させるから、と言うことだろうか。

「叔父さんな、叔母さんが油被った時、水掛けてんて、それがなんていうか、サウナで思い出さへんのかなって、水風呂入って、生き返ったわー、とか思う時に」

想像してみたが、長い介護生活をしている叔父さんにサウナを嗜む自由くらい有るだろうと思い至ったのだった。


<了>