バス

 バスに乗る時はいつも一番うしろに乗る。行き先はバレエ教室。バスに乗って電車に乗り換えて、30分かけて週に一度通っていた。

 その日は私が乗った所の次の停留所で同じ小学校の女子たちが乗ってきて真ん中くらいの席に座って騒がしくおしゃべりをしていた。誰かが私に気がついて、後ろ向いて一言くらい会話をしたあとは、ずっと女子たちは前を向いておしゃべりをしていた。私は、窓の外を見たり、ナップサックの紐のところを手でいじくったりして、そうしてる間に終点の駅前に着いて降りようとしたところを、先をゆく女子たちと一緒に運転手のおじさんに止められた。

「待ちなさい」

 関係がない私は横をすり抜けて降りようとしたのに、おじさんは私を睨む。

 お説教が始まった。あんまりに理不尽で何と言っていたのかあまり覚えていないのだけれど、バスの中でうるさくしたことをおじさんは注意した。

 女子たちがごめんなさい、と謝ってバスを降りて、私は、とても歯がゆい思いをしながら最後に降りて、前をゆく女子たちは私に何も声をかけずにそのまま行ってしまうし、言い返そうにもおじさんはもうピシャリとバスのドアを閉めてしまった。注意できたおじさんも、謝ることができた女子たちもスッキリしているというのに、

私はこのもやもやとした感情だけがその後も記憶に残り続け、バレエのことも小学校で勉強したこともなんもかも覚えてないのに、何と40歳になってもいまだ思い出すこととなる。

 なんと執念深いのだという気持ちにもなるが、このことを思い返すたびに、私は変わってないな、と自覚する。

 黙っていつも一人行動をするのも、なーんも悪いことしてへんのに怒られてしまうのも、言い返すことができないところも。

 とにかく勘違いをされ続けて来た人生だ。だいたい私は孤立しているのに、何かに束ねられて一緒にされることが我慢ならない。それでますます孤立して、だから小学校の友達も何人かはいたけれど、連絡取れる子は一人もいないし、何だったら名前も覚えていない。

 友達だって、一人くらいいないとおかしい目で見られたり、可哀想な子だと思われたりするから作ったようなもので、今思えばそんな事気にしなくても良かったのに、と思う。

 可哀想な小学生の私。中学生の私も、高校生の私もそんなものだった。

 極めつけは高校卒業後1年間アルバイトをした後に入った専門学校だった。ここではもう本当に一人で活動していた。結局勉強なんか一人でするものだし、授業が終わればアルバイトに行くし、他人の予定になんか合わせてられないのだから、友達は作らない方が丁度いいと思ってのことだった。しかし、クラスにたいてい一人はいるお調子者やおせっかいたちが、一人でいることを不憫そうな眼差しで見つめ、やたらと話しかけてくるからそれがうっとうしかった。二人組んでやらなければならない課題の時は、同じく一人でいる女の子と組んでいたけど、特に仲良くなることも無かったし、その子は半年で退学していなくなった。

 人と関わらないようにしていても、人は勝手に解釈をし、勘違いをし、怒ったり説教したり、やかましい。黙っているからといって何も考えていないわけでは無いと、我が身を振り返って思わぬのか。

 その専門学校で2年生の時、自主的に化粧品メーカーによる動物実験反対の冊子を作り、学校で配布したことがある。人と関わりたくない分、動物に対するシンパシーがやたらに強く、許せなかったのだ。動物実験をしている化粧品メーカーを調べリストにした。それはもちろん、下請けの原料会社が実験をしていてもリストに載せた。

 ある日、生徒の一人に呼び出され、冊子を回収しろと言われた。その子の姉が、私が作ったリストに載っている化粧品メーカーに努めていて、動物実験はしていないと言っているという。

 わたしは適当なことを書いたわけではなく、動物愛護団体の調査したリストから転載していて、そのメーカーは下請け会社が実験をしていたから記載していた。

 でも、それをなぜか言い出せずに、口ごもってしまい、冊子も回収し、そしてやはり40歳になった今でも悔しく思っているのである。

 会話に向いていない。思ったことが言えない。かと言って、後で話しかける事も出来ない。あちらはスッキリした様子でいる。大事なのは、専門学校に通う学生たちが化粧品を選ぶ時に、動物実験をしてるかしていないかも検討してもらうことだったのに。できなかった。

 しかしなぜかこの数年後に出会う女の子にこの話をしたところ、化粧品メーカーによる動物実験を廃絶する活動を熱心にやってくれるようになり、その子は資生堂に入社し、そしてその更にあとになって、資生堂は原材料も含む全ての動物実験をやめたのだ。その子からその話を聞いた時もまた、わたしは喜びではなく、ああ、わたしは途中で諦めて何も出来なかった、と思うばかりであった。なにはともあれ大手メーカーが動物実験をやめたことにより、業界は大きく変わっていったのだから本当に良かったのに、私は冊子のことを思い出し悔しい気持ちになるのだった。