ブラインドパッション

泣くとなぜ目が腫れるのだろう

瞼が重く、いつもの半分くらいしか目が開いていないような気がする

視界が暗くなったように感じるのは気持ちの問題ではなく、実際に瞳に差し込む光量が半分になっているんではないだろうか

仕方がないからもう夜中だというのにビューラーで睫毛を上げる

図書館のポストに本を返しに行くだけだというのに、二つの意味で気まずい本を、返却期限が切れていることと、あなたが勧めた本を一行も、結局読んでいないという気まずさを、誰の目にも触れることのない深夜のポストに返すだけだというのに、睫毛を上げる

少しだけマシになった気がする

前が見えやすくなった気がする

大粒のパウダースノーは私の上衣を濡らすことなく、パラパラとダウンジャケットの上を滑り落ちていった。

爪先はもうほとんど感覚がなく、靴の中で指を丸めて歩いていた。暫く手の平を上に向けて、溜まった雪を食べた。口の中は熱く、すぐに溶けてなくなった。

昨夜は久しぶりにパソコンを開いた。ここに来る前にスマホは解約していたし、パソコンはインターネットを繋がないで使うつもりで持って来ていた。回線は契約していないし、Wi-Fiも飛んでいない。だけど昨日は隣のアパートにパソコンを持ち込み、貰いWi-Fiして、あれやこれやと検索をした。

ウィキペディアには『煩悩とは、「眼(視覚)」「耳(聴覚)」「鼻(嗅覚)」「舌(味覚)」「身(触覚)」の五感と、第六感とも言える「意(意識)」による「六根」から生じる心の働きによって生み出されると考えられています。六根から起こる感情は「好(良い)」「悪(悪い)」「平(どちらでもない)」の3つに分けられ、さらにその状態は「染(汚れたこと)」「浄(清らかなこと)」の2つに分けられます。また、煩悩によって人は、過去・現在・未来の「三世」によって悩みや苦しみが続くと考えられており、計算をすると、6(六根)×3(良・悪・平)×2(染・浄)×3(三世)=108になります。』と書かれていた。

少ないね。

無量大数を数えがちなあなたにしては、そんなものなんだね。百八程度の悩みだったら、生きているうちに何とかなるというあなたの優しさなんでしょうか。

だけど私に数えることが出来るのだろうか、量ることが出来るのだろうか。あなたのその良く見える目で見れば、きっちりと計量することが可能なんでしょうか。

夜、なかなか眠れず、布団の中で涙が止まらない。悪夢を見た。目が覚めてからも嫌な感情に支配されてしまい、早朝、金堂に仏様に会いに行こうと出かけたの。

冷え込んだ空気は一瞬にして私の全てを包み込んだ。心は熱く、頭は冷静に、という先生の言葉を思い出していた。

お堂でふと、どうして仏様は人の形をしているんだろう、と思った。

そんなことを思っていると、どうして人間はこんな形をしているんだろう、どうして私はこんな形をしているんだろうと思考が飛躍した。

どうして目が二つあるんだろう、と思った時、昨日駅前で見た、文字が剥がれてしまった貼り紙の「自由な人のための」という文字を思い出した。

地面に配置された黄色い、凹凸のあるタイルの傍に貼られたその紙はきっと

「目の不自由な人のための」という表示だったのだろう。

不意を突かれるようなことが時々ある。

静寂の中、思い出したくもないことを次から次へと思い返す。

あの時、私はあなたに反省してほしいと思っていた。

そんな時誰かに言われた。「自分が許せば世界は変わる」という、誰だか知らない有名な人の、言葉。

私はそれ以来、何もかも許すことができなくなった。

自分が傷付いた分だけ、相手を傷つけようとしたこと、相手の周囲を巻き込んだこと、相手を許すことも、自分を許すことも、出来なくなった。

私の仏性を返して。

返して返してと、何度も言ったのにとうとう私から仏が消えてしまった。

最後に祈った時初めて気が付いたのは、

私はいつも何か対象に向って手を合わせていたというのに

本当は私の右半分が仏で、左半分が私、

手を合わせた時に出会えるのだということだった。

気が付いた時にはもう遅かった。

私の仏はもうどこにもいない。

だから

私は夜お寺の本堂に忍び込み釈迦如来の施無畏印の掌に左手を当て与願印の掌に右手を乗せた。畏れなくて良いですよ、安心しなさい、願いを叶えましょう、と差し出されている掌に触れた時、涙がこぼれた。

目がいいお母さんはバルーンのことを知らない。

カラフルなバルーン。紐で繋がった籠をぶら下げて、籠の中に何があるのかは見えないけれどきっと何かを乗せていて、中空でずっと静止している、その下には、真っ直ぐに伸びた、道。ペラペラした薄い紙の束の上に顎を乗せて、おでこをくっつけて穴を覗くと、初めはぼんやりとしていて見えないその風景が、機械音と共にはっきりと捉えられた時、もっと見ていたいのにすぐに次の椅子に移動を施される。

それが気球だということを今はもう知っている。でもその頃はまだ「バルーン」と呼んでいた。

「バルーンが見たい」

お母さんにそう言えば、すぐに眼科に連れて行ってくれた。検診の結果はいつも良好、視力も視野もなんの問題もない。

ある時、いつもの若い女の先生ではなく、白髪混じりのおじさん先生に

「どこも悪いところはないです。精神的なものでしょう」と言われてから、行き先はメンタルクリニックに変わった。眼科の入っているビルの一階にある書店のバーゲンセールのカートから絵本を選ぶ習慣がなくなり、代わりに薬局でお薬をもらう。お薬は読んでも楽しくないから、もうバルーンが見たいなんて二度と言わなくなった。それが小学三年生の頃。

最初に青ちゃんが死んだ。

赤と緑を見せられて、どっちがよりはっきりと見えますかと聞かれたって、どっちも同じだし、よくわからないけど、そういえば最近青色を見ていない。試しに画材店で油絵具の棚を見てみたけど、黒なの。コバルトブルーのラベルが貼られたチューブは、前とは違う色だった。海は黒く、空は黒く、私が今まで知っていた青はもう黒だったから、お母さんには内緒にしておいた。それが中学三年生、楽しみにしていたノストラダムスの予言が外れてしまった七月。

お母さんが入院をしている隙に父と眼科に行ったのが高校二年生の夏。

チャンクちゃんが死んだ。13歳だった。庭の一角をコンクリートで埋めて柵で囲われた可哀想な場所で暑い夏の日も紐に繋がれていたチャンクちゃんは、僅かなお金を惜しんでその夏フェラリアの予防接種をしていなかったために、フェラリアに罹って死んだ。チャンクちゃんが私の膝の上に頭を置いて死んだ時、私は一生幸せになるわけがないと思った。こんなにも酷い行いをしてしまったのだから、もうどんなことをしても許されることはないだろうと思った。チャンクちゃんを不幸にしてしまったのは私だと思った。チャンクちゃんが死んだ次の日に退院してきたお母さんは、涙ひとつ流さずに「私の代わりにチャンクちゃんは死んだんやな」と言った。

目の中でバルーンが、アリゾナの大地を飛び出し、宇宙空間まで飛び上がる。垂直にどんどん登って、でもなぜか静止しているように見えるバルーンの、籠の中にはお母さんがいる。降りればいいのに。そんなところに居るんだから、もう降りても上がっても同じことでしょう。全身銀色のその生物が、なぜお母さんだと思ったのだろう。よく知っている中年の女。よく知っているのにお母さんであるということ以外はよくわからない。

耳元でシャーマンの女が、ひどくうるさいシャーマンの女が「お母さんはあなたを愛しているのよ」と呟いた。目の中で気球はどんどん上へ上へと上がっていって、空はもちろん黒い、暗闇の宇宙空間をどんどん上へ上へと、私はなぜかどこまでもよく見えて、目を瞑っているのによく見えて、それはやがて明るい、何色かわからないけれど眩しい場所へと消えていったのが、サナンガを目に差した39歳の冬の終わり。

アマゾンの奥地ではなく静岡県の片田舎で、シャーマンの女の肉厚のある膝に頭を乗せて、瞼を閉じたまま両の目頭に一滴ずつ差されたサナンガは、「目を開けて」というシャーマンの女の声と共に開いた瞼から眼球に滑り落ち、流れ込む。途端に息ができないほどの激痛と、胸の苦しさ、「目を閉じて!」と驚くほど大きい声でシャーマンの女が言ったとほぼ同時に目を閉じる。目を瞑るとぱーんぱーんと四つの角に光が、冷たい色の線香花火のような、斑らな光が瞼の中を射抜き、私は外へ向かって光を放つ眩しすぎる電球の中身のようだった。両の眼球が焼けるように熱く、溺れているかのように両手両足が自然に動き出し、私はもがいている。猛然と手と足を折り曲げては伸ばし、折り曲げては伸ばし、太鼓を叩く猿の人形のように均一のリズムで動かし続けた。私は溺れている。痛い、よりも苦しいが苦しい。早く去れ、ただ只管にそう思いながら、動き続ける両手と両足を止めることができない。足と手が偶然交差した時に両手で巻きつけるように、折り曲げた両足の脛を掴み、抱え込むような姿勢になると、少し楽になった。自分が丸いものにでもなったかのように、背中のカーブを床に沿わせて揺れていた。少しずつ苦しいが薄れてゆく。

「目を閉じたまま、上、下、右、左、眼球を動かして」私は言われるがまま、そうしようとしても涙が耳の中に流れ込むばかりで、上手くできない。「ゆっくりと息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、吐いて、吐き切って」胸の上をシャーマンの女が、しっかりと組んだ両手の平で押さえつけ、圧迫されては喉の奥から絞り出されるように空気が出、ひょう、と音を出し切った後に必死で空気を吸い込み、また圧迫されて、もう跳ねることのなくなったおもちゃのカエルのように、私は為す術がない。私は抵抗することもなく為されるがままに横たわっている。耳元で囁くシャーマンの女の声が鬱陶しかった。「お母さんはあなたのことが大切なんだよ、いつもあなたのことを思ってるんだよ」お願いもう黙って。

頑張っていい記憶を呼び起こそうとしようにも、優しいお母さんの姿は思い出せない。大抵、誰かを罵っているか、自分はこんなにも不幸だと嘆いているか、痛い痛いと叫んでいるかのどれかだった。小さい頃から、胸が痛いとかお腹が苦しいとか、ちょっとでも体調不良を訴えると過剰に反応し、動悸がする、心配かけんといて、と怒鳴られる。心配をかけるとヒステリーを起こされるので、黙ってやり過ごすのが常だった。夜眠る時には胸の上に岩が乗っているような圧迫感があったからいつもうつ伏せになって寝ていた。

一つだけ理解できるとすれば、お母さんが洗濯機を水洗いして壊したこと。テレビもガスファンヒーターも、電子レンジも、ありとあらゆる電化製品を水で洗い壊していったお母さん、でも今は洗濯機だけは理解できる。あんなにも汚れたものを回し続ける洗濯機を不憫に思ったことは私もあるのだから。いつも水で、汚れたものを洗い続けた洗濯機を洗ってやったことだけは、お母さんのやった善い行いだと思う。

吸って、吐いて、吸って、吐いて、生きて、死んで、生きて、死んで、やがて痛みが和らいで、手と足がだらんと床に並んで落ちていく。

<了>

*「煩悩」=Blind Passion の訳は「英語でブッダ」大來 尚順 (著)より引用しました。